厳しい・楽しい・おもしろい 三角関係

2019年9月23秋分の日
兵庫県立芸術文化センター神戸女学院ホールにて

田村稔子先生と森真弓先生、両音楽教室のコンサート

アナウンスを今年もさせていただいた。

田村先生とは、もうかれこれ15年のお付き合い。

ご自身のご活躍はもちろん

数々の生徒さんたちをコンクールに送り出し

結果を出させるという敏腕先生。

やさしいだけではなく厳しい方ですが、

可愛らしいところもある憎まれない方。

先生にこれを読まれたら叱られちゃうかも(笑)

とにかくプロを上手に気持ちよく使ってくださる。

プロカメラマンの植村耕司さんとの連携もとても大切。

カメラマンにとって生徒さんたちの晴れの舞台を写真におさめるにあたり、
プログラムの変更や順番が変わるなどの情報は重要。

それをわかりやすく伝えるのも、私の役目。

田村先生と植村さんとあーでもないこーでもないと

開演前から打ち合わせをして本番を迎えました

この三角関係がいつも重要参考人の役割を担う(笑)

仕事なのでお互いの立場から時には厳しい言葉を交わし合う

でも、やっぱり最後は楽しい三角関係…🎶

終演後田村先生を囲んで…カメラマン植村耕司さんと。

プロセスを知る・・

サテスタのガラス越し…時々

写真やメッセージをいただく。

先日は二十代後半ぐらいの男性が

スタジオの前で一生懸命、携帯電話のキーを打っていて

ガラス越しにパッと見せてくれたメッセージが

『お仕事がんばってください』

嬉しくて、、思わず両手を合わせておがむように

お辞儀をした。

ふつうに送っていただいても嬉しい言葉だが

その彼が真剣な眼差しで一生懸命打っていた姿

メッセージを伝えてくださるまでのプロセスを

目のあたりにしたからよけいに心が動いたのだと想う。

そして今日のブログの表紙写真をくださった方は

元テレビ局の上層部の方…ご用が多い中

暫く放送を聴いてくださり

いろいろな角度から写真をとってくださり

一旦その場を離れられた。

しばらくして、『休憩時間はゆっくり甘いものでもたべてね』

とのメッセージとともに、ケーキをアレンジしたこの写真を
送ってくださった。

もう・・感動と感謝の気持ちがあふれ涙になりそうだった

どんな場面でも
物事の結果だけを見るのと、プロセスから結果を知るのと

受け取り方は随分ちがってくる

メディアでもSNSでも結果だけが映し出される時代。
プロセスを知る場所が少しでも多くあればいいな

ご用が多い中
時間を割いてメッセージや画像を贈ってくださる方々に

お応えできるようなDJタイムをお届けしたい
いや、お届けします。

感謝

親子ティーボール大会と甲子園歴史館スタジアムツアー

2019年9月7土

西宮市長杯争奪・日本サクドリー旗争奪

第10回兵庫県親子ティーボール大会が、

甲子園球場の南側に位置する

浜甲子園野球場で開催され

今年もNPO法人スポーツ福祉ティーボール、

日本ティーボール協会兵庫県連盟の東理事長よりお仕事を賜り、

開閉会式の司会をさせていただきました。

開会式後日本サクドリー井上社長と 来賓の山田賢司衆議院議員

今年は記念大会ということで

大会顧問 株式会社日本サクドリー井上社長より

試合一週間後の9月15土に優勝・準優勝チームは

甲子園歴史館の食事付スタジアムツアーに

招待されました。そのツアーに協会の役員の方々と

一緒に木村もあつかましく参加させて

いただきました。

甲子園球場内にある甲子園歴史館外観
甲子園球場に天皇陛下をお迎えしたかつてのシャンデリア 今は歴史館のホールで来館者を迎えている

ブルペン・ロッカールーム・ベンチ・バックスタンドを見学し、

球場内のレストランで親睦を深めるの食事会。

食事をしながら大会の話、私はというと

プロ司会者としての反省すべきところを

井上社長よりご指摘いただき、

また両チームの保護者の皆さまとの交流も深まり、

とても有意義な時間でした。

そして協会の役員の方と二次会で

いろいろお話をしながらおひらきに。

甲子園球場のピッチャーマウンドを目のあたりに
お世話になった理事の船元さんと

仕事のうちあげ…

なんとなく付録のような気になりますが

意外と大切。その場でしっかりお礼がいえたり

至らなかったことに対してお詫びをいえたり、

お互いぐっと距離が深まり次のステップへと

つながることもあります。

とにかく

遠足は家に帰るまでが遠足…と同じですね

※表紙の写真は甲子園歴史館スタジアムツアー

三塁側ベンチより撮影したバックスクリーン

素敵なこうべピープルをご紹介

毎週金曜日
さんちかサテスタ DJ タイムでは
さんちかホールの催し物の関係者の方々に
出演いただいています

令和元年9月13日金曜日さんちかさてスタ DJ タイム

トワイライトタイムDJは 同じ催し物より

時間差でお二方にご出演いただきました

まずは主催者神戸新聞社の方に。

47club物産展のおすすめや47clubとは…

47clubってどんなCLUB?からはじまり

また人間失格〜太宰治と3人の女たち〜映画公開日に合わせての

パネル展の内容を教えていただきました。

↓↓↓↓↓↓

47clubサイト

そして9月13日公開日に合わせて開催されていた

人間失格のパネル展。

衣装の展示公開あなたも文豪気分など執筆グッズの

展示販売などが行われています。

人間失格!絶対観に行くーー!!

そして!同時開催中のイラストレーター都あきこさんのコベピポ展

都あきこさんご自身にご出演いただきました。

都あきこさん、高速神戸駅から新開地までの

地下通路の壁絵画を書かれた方でもあります。

コベピポの意味から作品のことまで10分間トークしていただきました。

↓↓↓↓↓↓↓

コベピポ公式サイト

神戸を代表する人と物

様々な角度からご紹介いただきました。

表紙の写真は都あきこさんのFBより拝借

素敵な時間をいただきました

9月17日火曜日までさんちかホールで開催中です是非ご来場ください

↓↓↓↓↓↓↓↓↓

さんちか公式サイト

時間旅行と命の旅…④港町散歩~宮城県気仙沼市~

喜怒哀楽ではなく喜と哀楽がいっぱいの旅でした。

時間旅行と命の旅エピローグは…

港町気仙沼散歩でしめくくりたいと思います。

私が宿泊していたのは

JR大船渡線気仙沼駅すぐ目の前にあるホテルパールシティ気仙沼でした。

行きは飛行機でしたが、帰りは新幹線だったので

駅が近いのが一番!と思い選んだ宿泊場所です。

朝食を食べながら駅の様子を撮影してみました。

気仙沼の駅舎の屋根はお魚❓聞けばメカジキと漁師さんが描かれているということでした。

そして灯台を模した迎灯がやはり港町らしいですね。

2日間この風景を堪能しながら朝御飯をいただきました

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時間旅行と命の旅…③宮城県気仙沼市 杉ノ下地区と震災遺構・伝承館

今日は令和元年9月1日防災の日

8月22日気仙沼入して2日目のこと

中々書けなくて、あれから10日が過ぎてしまっている。

なぜだかわからない。

伝えたいと思えば思うほど。そこでこの度

気仙沼ですべての日程をコーディネートしてくださった

地元新聞社三陸新報の玉谷誠一さんに相談をしたところ

『見たまんまを淡々と書いてみたら』だった

4年前2015年11月私が初めて訪れた気仙沼の街

一番はじめに足を運んで衝撃を受けた場所

岩井崎杉ノ下地区。

この地域では毎年津波の避難訓練をしていたという。

避難場所は標高11メートルの高台

2011年3月11日地震が起こってその後津波がやって来ることは

この地区の皆さんにとって想定内のことだった。

指定されている避難場所に行けば大丈夫だ!

誰もが疑わなかった。

避難指定場所標高11メートルの高台に押し寄せたのは

高さ18メートルの津波!その津波により

避難場所で50名〜60名の方が命を落とし、

杉ノ下地区の住民312名中93名の方が亡くなった。

4年前訪れたとき、瓦礫の中93名の方々の名前と、

あなたを忘れないという絆のメッセージが刻まれていた石碑の前で

嗚咽がこみ上げたことをはっきりと覚えている。

そして私も会ったことがない皆さまだけど

なにか魂の縁で引き寄せられたことを実感した。

『忘れない。

会いに来ます。

私以外の人を必ず連れて・・・』

石碑の前で約束をした。それから2年、毎夏

中学生息子や息子つながりの保護者の友と

気仙沼を訪れたが、スケジュールの都合上

杉ノ下地区に足を運ぶことができなかった。

この度4年ぶりにやっと、会いに行くことができた。

4年前とは随分雰囲気が変わっていた。

瓦礫はほとんど撤去され、しっかり整地され

石碑に背を向けると

そこから穏やかな海が見えた。

ゆっくりだけど復興にむけて歩んでいる街だと思った。

このあと車で5分も走ったか

気仙沼向洋高校跡の

『気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館』に

連れて行っていただいた。

伝承館の職員の方は杉ノ下地区で親戚が

亡くなられた・・と聞かせてもらった。

兵庫県から来たというと、その方の従兄弟が

神戸市東灘区岡本にいらっしゃっるということだった。

私の実家東灘区御影の隣町。御影も岡本も

阪神淡路大震災で大きな被害を受けた地域

それもよくご存知だった。

小野寺さん・・・

HAT神戸『人と防災未来センター』に行ってみたいとおっしゃていたので

次は私がご案内しますと約束をした。

震災遺構・伝承館でみた当時の生々しい様子と

そして津波で大切な家族を亡くされた3人の方の映像は

想像を遥かに超えたものだった。

もう、つらすぎて直視できず

ずっと下を向いて流れる涙をぬぐうばかりだった。

でも、これをしっかり心に納めないと

伝えられないんだと言い聞かせた。

今日は防災の日、中々書けなかったけど

杉ノ下の93名の方々が導いてくれたようなきがした。

表紙の写真は震災遺構・伝承館で購入した杉ノ下地区のことを

モデルに書かれた絵本。

読み伝えるつもりで購入したものです。

では

震災遺構・伝承館で撮影した

画像を添付させていただき、今日のブログのお別れと

させていただきます。次回はシリーズラスト

気仙沼の旬の食、そしてラヂオ気仙沼についてお話をします

今現在の向洋高校の建物。この日から2学期がはじまり通常でした↓↓