息子と私の中の鬼


令和2年9月10日。


私ごとですが、今就活&大学受験の息子達に振り回されています。


高校3年生の息子は保育科の大学に進むため猛勉強…はないです。でも、ピアノと論文、作文の勉強は必須。


たまに私の部屋に来て作文の勉強をしています。でも、そんなにつきっきりじゃなくても良いので


暇でしょうがない私は、彼がピアノのレッスンで弾いていた富士山をハーモニカと民族楽器で演奏して遊んでいると…


♬頭に角が生えてきて〜い〜つもか〜みなり落とされる〜母は日本一の鬼〜♬


と替え歌がはじまる。


そんな小論文…おちるでと言いながら、私は15年前の子育て時代をふりかえっていました。


今でこそ仲良しですが、彼らが小さい頃は本当によく叱り飛ばし、時には手を上げたことも。


二人とも何度か私の往復ビンタをくらっております。


一度ビンタで鼻血が止まらなくなったことがあり、その時はあやまりたおして耳鼻科に連れていきました。


ここは鬼の目に涙。


ごめんねと何度も謝ると、、泣いて抱きついてきます。私も泣けてきて泣きながら抱きしめました。


こんなこと…今なら通報されるかもしれませんね。


でもねひとつだけ、言えることは


いつも本気でした。感情たけで、叩いたことはありませんでした。


家庭は小さな社会。


小さな社会できちんとできないのなら大きな社会でもできない。


いやでもいずれは、大きな社会に送り出さなければいけない、


そんな気持ちでした。


1つだけ自分を褒めて良いと言われたら、相手は小さな子どもであっても、一人の人として向き合ったということ、、かな〜


と言いつつも、今ではすっかり立場が逆転して、言うことを忘れたり、うたた寝したり、息子に叱られています。


これぞ、、鬼も角を折る?


ちょっと良いように言い過ぎましたごめんなさい。


今日のブログ、、


どうでも良い私の子育て話に最後までおつきあいくださりありがとうございました

江戸へ発送!灘の新酒は西宮から

令和2年9月6日

今週はさくらFM

《まちたびラヂヲ※ 街なかホットレポート》を担当

日本遺産認定記念の特別展示をレポートさせていただいた。

以前から日本遺産については、興味深々で、歴代認定ストーリーの土地めぐりをしたいと思っていた。

そこに来ての今回レポート先が西宮市立郷土資料館で日本遺産認定記念の特別展示のレポート!

よっしゃ―――‼

日本遺産については以前、同じ場所で他の方がレポートをされていた。

今回のレポートでは西宮からお酒を運んだ樽廻船について詳しくということだった。

はーーーーい!!

当日、勇み足で西宮市立郷土資料館へ。

学芸員の中谷さんと一通り打ち合わせをして、さあ本番。

樽廻船が出発した絵と江戸時代の西宮の絵図《浜が西宮港へ整備されていく様が描かれた絵図》が展示されていた

中に入ると常設展示の中央に実際の樽廻船の20分の1の大きさの模型が(トップの画像がまさに)

 

中央を半分にして実際に船中に樽が積まれている様子がわかるようになっていて、とても細かく巧な造りだった。

この船に1600個も酒樽を積んで江戸へ運んでいたそうな。実際の樽廻船の大きさは資料館の建物ぐらい?などと質問してしまい中谷さん、、私も実物みたことないのでって、、そりゃそうだごめんなさい(^_-)

余談、、今は、西宮から東京行きは上り列車に乗るなどと言うが、当時は都が京都だったので江戸行は下りと言われたため《下り酒》と言った

江戸へ下る・・個人的になぜか小躍りしてしまった。

決して東京に対してどうだ!と威張るではなく、、そんな時代もあったんだなという意味で、、私もかつては東京で暮らしていたし、どうか誤解なきよう(笑)

新酒番船(お酒を運ぶレース)のにぎやかな様子の日本画や

新酒番船で1等になったときに着せてもらう真っ赤な法被や

とにかく、当時西宮の酒造家たちのユーモアたっぷりなアイデアと広報力によって築かれた、お酒のストーリーを楽しんで知っていただける特別展。

ぜひ足をお運びいただきたい・・

生中継終了後は資料館の方と学芸員の中谷さんと談笑後に記念写真。実は中谷さんとは母娘ほど年の差が・・しっかりと落ち着いたお話ぶりに脱帽でした。

という気持ちでレポートさせていただきました。みなさまぜひ・・♡

 

 

 

 

 

 

ボキャブラリーのボケブロ


先日の放送終了後、いつになく


大先輩や知り合いや友人から、個人メッセージが届いた。


放送で駅名の香呂駅の漢字の読み方を説明した時に、


“香る(かおる)に呂律(ろれつ)の呂(ろ)と書きます”と言ったことがどうやら…


物議を醸しているらしい(ちょっと大げさに書きましたが)


〈呂律の呂ってーーー爆笑したわ!〉〈呂律ってググったわ〉〈ふつうお風呂の呂とか言うやろ〉〈呂律の呂がこの字だったのはじめて知った〉などなど。。


私もなぜか風呂の呂がでてこなかった。なぜだろう


よく考えたらとてもかんたんなのに


職業病なのか。


今度、呂の説明のときは、、ぜったい風呂敷の呂という。


このことを忘れないように手書き日記に書きとめた。


二度と”ボキャ天”には出られへん!木村のつぶやきでした(^_-)

日本と世界のおもちゃ旅 〈日本玩具博物館へ〉


8月最後の日曜日、ラジオ関西『さんちかサテスタサンデー』


姫路市香寺にある日本玩具博物館へのOnAir旅。radikoタイムフリー〈9月6日まで聴取可能〉→→さんちかサテスタサンデー│ラジオ関西│2020/08/30/日 12:30-12:55



ここではあなたとごいっしょにブログ旅


姫路駅から北へ走るJR播但線に乗り5駅、香呂駅下車

のどかな駅舎

改札は自動改札。かつては駅員さんがカチカチと改札バサミをならしていた面影が残っている

駅名板には日本玩具博物館オリジナルも!


玩具は語る…

玩具博物館外観

1号棟入口。入って左側が受付

左側の屋根の下、家紋に独楽!感動!夏の特別展のご案内も。

受付を済ませ最初に目が合った大きなタコ

リカちゃん人形・リカちゃんハウス・モンチッチ

足の長いリカちゃんに憧れた時代・サンリオ Little twin starsキキとララ懐かしい


2号館は明治〜昭和初期

この時代は自然の素材で遊びそれが玩具になっていく

メンコの歴史…泥メンコから鉛メンコそして紙メンコへ

メンコの説明書き


取材はお盆に行かせていただき、有り難い事に館長さんから直接ご案内をいただくことができた。


戦争中の玩具は…

男の子向けは、戦うということを教える玩具に変化していく


3号館はちりめん細工のコーナー

この博物館で日本の女子教育を学べる場所

四季折々をテーマにいろいろな作品が。

どうやって?瓶に入るの?


4号館は1階が日本の郷土玩具〈こけし・だるま〉と2階は海外の玩具〈木のおもちゃ他〉

こけしはショーケースの他に天井にも。


最後の展示棟6号館へ


ここは10月25日まで開催されている夏の特別展《日本の祭礼玩具と節句かざり》の会場。


日本では豊作、豊漁を祈り、海上の安全を願い、疫病や悪霊をを退散させることなど、生きる上での願いや祈りをこめて、祭礼が行われてきた。


祭礼に使われる、被り物や、装束、独特の音楽など日本人が育んできた信仰心や美意識が表現されている民族資料の展示。


井上館長さんは、今のこのコロナ禍だからこそここを見てほしいとおっしゃった。


この特別展を見て私も今、この時代を、この日本で、生かされていることの意味を考えさせてくれた展示室だと強く感じた。



エピローグ


コロナ禍において、仕事以外では家で過ごす時間のほうが多くなり生きていく上でいろいろな整理をする時間ができた。


そんな時、古いアルバムをめくり自分の歴史をたどった方もいらっしゃったと想います。もちろん私も…


今回は私自身番組取材という形で訪問させていただき、少し違う視点ではあったものの


個人的に、玩具博物館は古いアルバムをめくる…それと同じ感覚で楽しんでいただけるのではないかと想います。


木村推しの…です♡ぜひ♡→→日本玩具博物館公式ホームページ

夏の終わりに…

感謝しかありません。

高野連、学校、クラブ、指導してくださった監督コーチ。

たくさんの大人の皆さんの力をいただき、都道府県の独自大会が開催された事。

高校の野球部に所属して野球を楽しめた事。

前代未聞のこの時代に、たまたまラストチャンスの学年に居合わせ、自粛期間中は『このまま引退かも』と腹をくくった高3球児たち。

こうして試合や野球ができるということに、喜びを感じることができたと白い歯をのぞかせた。

悔いは全くないと息子は言う。

今年は全国の高校球児、硬式野球部員も軟式野球部員、ほぼみんな同じ気持ちで夏の終わりをむかえたと思う。

引退が決まった次の日から次の進路にむけて動き出した。

坊主頭からのヘアスタイルも気になるらしい。

こうしてさっと気持ちを切り替えることができるのも今年の高3ならではないだろうか。

とにかく…もう次の人生がはじまった

チームメイトのお母さんがたくさん写真をとってくれました。

チームメイトの画像は勝手に掲載できないので我が子の画像ばかりになってしまいますが。

今年がラストの高校野球部員の野球人生の一コマをブログに綴りました。

ぜんぜんofficialな事ではないのですが。記憶と記録としてこの場をおかりしました。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

オペラで!オブ・ラ・ダ♬

2020年8月9日 JR堺市駅サンスクエア堺

第48回関西カゲキ派公演
今年もアナウンスを担当させていただきました。

コロナ禍で壊滅的だった私にとってステージ関係の仕事は半年ぶりでした。有り難い事です。

一部のガラコンサートは

フィガロ『もう飛ぶまいぞ この蝶々』ボエーム『冷たい手を』ボエーム『私の名はミミ』

ミラーミデ『麗しき光が』は超高音Gis(ソの♯)をはじめて聽かせていただきびっくり。

そしてイルピラータ『海賊』パリアッチの『口上』

乞食王子『ブロニスァヴァのアリア』
食い気と色気の歌い分けるの!!がキュートでした

そして今年のオペラ上演ヴェルディ処女作
『オベルト』は客席で楽しませていただきました。

今年はやはりソーシャルディスタンスを守って
コンサート形式での上演!

とてもよかったです♬

まもなく50周年を迎える関西カゲキ派

来年は8月15日だとお約束いただきました。

まだまだ続きます

オペラ・で・オブラダ❢❢〈木村の勝手な造語です〉

お声かけくださった

ピアニストの加藤八千代さん♡お世話になった舞台監督さん♡ご指導いただいたプロデューサー押尾愛子さん♡ありがとうございました♡♡

新幹線を……〇〇〇しました

はじめての新幹線は山陽新幹線の岡山-新神戸間

岡山に住んでいた幼稚園の夏休み、父と神戸に住む祖父母宅へ新幹線に乗って会いに行った。

それから毎年のように夏休みになると、父に新幹線に乗せてもらった。

父との思い出がつまった新幹線。

そんな新幹線にまつわる公園が今私が暮らしている街にある。

兵庫県西宮市上甲東園4丁目

【山陽新幹線記念公園】

存在を知ったのは2年ほど前。

興味は湧いていたものの

皮肉にも新幹線を利用する時間が多かったため、なかなか行く時間が作れなかった。

そんな中

令和2年8月2日に担当したさくらFM【街なかホットレポート】〈生中継〉

レポート先がこの新幹線公園だったのだ。

中継がはじまり、スタジオささきみほさんからの呼びかけでの私の第一声は、、

【新幹線をまたぎましたー】

新神戸~新大阪間に位置する、長さ16キロのトンネル【六甲トンネル】の東側入り口の真上にある。

トンネルの上の緑が公園

ちなみにトンネル西側入り口は新神戸駅。

こどもの頃から新神戸駅=トンネルのイメージがあって然り

新神戸駅発車後(上り)およそ6分後にこのトンネルから顔を出す。

下り列車はご覧のとおりジワジワと顔を近づけてくる。

あーきたきた!!こうして新幹線を真上から見ることができる

とにかく一般市民の私が真上から新幹線を観ることができるのはここだけではないだろうか。

貴重な場所。

当日も朝早くから親子連れや新幹線好きの男性が来て写真を撮っていた。

特に遊具などはない。

桜の木がアーチのように公園を包み込んでくれている。桜の季節はまた格別だろう。

忘れてはならない事がある。

山陽新幹線開通工事、六甲トンネル掘削工事にあたり54名が殉職された。

その54名の方々の慰霊碑がある公園だということ。線路側には名前も刻まれている。

人と人をつなぐ便利な交通網。わたしたちにたくさんの時間を与えてくれる新幹線。

礎となったのはたくさんの命。

新幹線の走行を見守ってくれているように見えた。

公園に行ったら、まずは慰霊碑に感謝の挨拶をしてから新幹線の往来を真上から楽しみたい。

そしてこのような歴史とともに、新幹線記念公園の存在をもっともっと知ってもらいたい。

公園手前の少し急な坂道。トンネルを登っている感じ

人が人であるために

8月5日水曜日

今日はスタジオDJタイムが始まる少し前に紳士お二方がお立ち寄りくださり

上品な和菓子の差し入れとお写真まで一緒にと・・ありがとうございました。

〈お二方ともお顔写真掲載ご了承済〉

お菓子は全部あたしの胃袋・・なわけない、今日の相方ドレミちゃんとわけわけしましたよ

今、コロナ禍において、なかなか人と会えないのが現状ですが、会ってなんとなく呼吸を合わせながら写真を撮ったり、何かを手渡ししたり

こういうことが一切なくなったら、、

人が人でなくなるよね。

今は難しいのはわかっています。

けど…

やっぱり人は人と会い、触れ会いながらこころを育むのだな〜と。

そんなことを考えた水曜日でした。

※写真撮影時のみマスクを外しました。ご理解くださいませ。

人生最後の作業

人生最後の作業…
裁縫は苦手!少年野球時代、中学、高校、息子たちの背番号縫いが正直イヤでイヤでたまらなかった。

ゆがんでた、上すぎた、下すぎた、など息子たちが毎回クレームを言うので、一度だけ次男が中学生の時に放棄したことがある。

当日の朝、背番号がついていない事に気がついた次男はあわてて自分でグダグダに縫っていった。

その時下手やと思っていた母のほうがやはり上手いと思ったのだそう。

それからピタっとクレームを言わなくなり、次からは縫いつける場所までセッティングしてお願いしますと頭を下げるようになった。

そんなこんなの9年、長男の少年野球時代をあわせると12年、、(言ってもそのうちのワンシーズンだけですけど^_^)最後の最後が一番美しく縫えた!

背番号を縫い終わった今、あれだけいやだったのに、こうしてしずかな夜に背番号を縫いつけることはもう二度とないのだと思うと…涙が止まらなくなった…

楽しい夏になりますように

令和2年8月1日…暑中お見舞い申し上げます!

いつもサイトのブログや他のページも見てくださり、本当にありがとうございます。

今年は例年とちがう夏なんて言われていますが、

いつものように太陽がサンサンと地球を照らしてくれています。

有り難いことですね。

7月31金曜日、サテスタDJタイムの休憩時間に見に行った

神戸市役所花時計跡の”神戸ミューラルアート”

https://kobe-mural.com/

迫力があり、感動しました。

次の放送時間もあったので市役所2号館まではたどりつけませんでした。

さあ8月!ポジティブにまいりましょうね

またまたどうぞよろしくお願いいたします