リアル…快・感・

この一週間たっぷりと休ませていただいたネット環境

リアルにいろいろなことを感じとれた一週間でした。

一番大きかったのは素敵なコンサートに行けたこと。

いつもお世話になっているピアニストの加藤八千代さんと尺八奏者三橋貴風さんのデュオコンサート。

やはり音楽は心を元気にしてくれますね。

なんと!コンサート終了後に写真撮影まで。トップ画像にしていますが、、うれしく中にも掲載!キャプションも❣️

八千代さんと三橋貴風さんを囲んで。せっかくだからマスク外して撮ろうと言ってくださり。一瞬だけお言葉に甘えて

嬉しすぎました。加藤八千代さん、三橋貴風さんありがとうございました

そして、次にチャレンジしたのが、、ガラケーからスマホに変えたこと。

まあ、タブレットも使っているので、、そんなにたいへんではなかったのですが

機種変更したとたん、なぜか家族とだけ通話不可能となりアタフタしました。

不思議なことに次の日に、ちゃんとつながる

なんか、、、家族全員から着信拒否?っぽい。

疑惑でいまだに謎です

スマホイイネ ガラケーありがとうね

そして

箱根駅伝を目指していた息子の大学駅伝が終わり、、

親としての応援が終わり燃え尽きた感満載でぼーっと過ごした一週間でもあり。

そこに!

東京にいる幼なじみから、あたたかいメッセージと箱根駅伝予選会の生放送の録画CDが届き、、

感激泣き。 

そのあとは・・息子たちを我が子のようにかわいがってくれているサテスタのプロデューサー(女性)と飲み物付き面談で元気になり

明日からまたがんばります!と、なりました

これからに向かって乾杯

ぼちぼちいきますね

またよろしくお願いします

最後まで読んでくださりありがとうございます❣️

死ぬ気で走る…終わりのはじまりの日

2020年10月17日 新月。

私ごとですが今日は長男の大学駅伝生活最後の日となりました。

第97回箱根駅伝予選会。

当たり前のように1年生からずっと走らせていただき、

当たり前のようにぐんぐん早くなり、

私も当たり前のように応援に行き、

最高学年ではどんなに早くなるんだろう、などと思うぐらいの日々を過ごした3年間。

その当たり前が、当たり前ではないと気付かされたこの1年、4年生、今回の予選会でした。

5日前の夜中、息子から電話が。

どうした?

『全く走れない・・最後なのに。自信がなくてもう走るのをやめたい気持ちになって、、でも監督もコーチもぜったいに当日は使うと言ってくれているのに』

そっか〜

聴いていると、どうやら疲労骨折をしているらしい。

昨年の予選会以降治療を続け、コーチにずっと治療に連れて行ってもらっていたらしい。

痛さ、モチベーションの低下、走れない焦りの上での主将としての責任など、メンタルがズダボロ。

とにかく、感謝しかないんだよ。予選会の開催、走れる舞台に立たせてもらえること。

もっとさかのぼって、この大学に入れたこと、きっかけをつくってくれた人、推薦してくれた高校の先輩、前コーチ。後推ししてくれた高校の監督。

そして、ずっと応援してくれている人たち

眠れないのであれば、その人たちの顔を思い浮かべてみて。

それと自分を主語にするのをやめてごらん。

自分がやらなきゃ・自分が記録を出さないと・自分がチームをひっぱっているのだから・など、自分を捨てなさい。

『わかったありがとう。だれにも言えなかった弱音をはけて、楽になったし、感謝の気持ちを忘れていたわけではないけど、気持ちの余裕をなくしてた。自分の執着もすてる。』

と電話を切った。

それから今日当日まで、私は彼に毎日電話をした。

だんだん調子がよくなり、2日前に監督とコーチに走りたいと伝えたところ、それは良かったと喜んでくださったのだそう。

前日の電話で

『すごく良い感じで最後の練習もできた。死ぬ気でがんばるから、ひょっとして二度と会えなくなるかもしれない』

びっくりしたが、私も彼がそれで納得するならそれでいいとなぜかすんなりと思った。

そして今日、最後のスタートラインに立たせていただくことができた。

親として、彼がぶったおれるか、途中棄権も覚悟した。

朝イチのラインでは『体調も絶好調』ときたが、

自分で自分をふるいたたせているんだなと思った。

高校生の弟は『楽しんで頑張って』と軽く返信をしていた。

良い返信だと思った。

それから一切テレビもネットもシャットダウンし、本人からの連絡を待った。

そしてそろそろかなと思った時に

『無事に完走しました』と。安堵した。

よかった死ななくて。おまけに棄権もしなかったんだ、と。

あとでダイジェストを見て、足をひきづって走っている息子が何人もに周回で抜かせれていく姿を見た。

順位も500番台、ほぼ最下位だった。

夕方息子から電話で

『痛みもあったけどつらいとか、走るのをやめたいとか思わなかった。箱根駅伝は出られなかったけど、これからもずっと走るから』

息子にとっては

終わりではじまりの2020年10月17日。

最後に

監督・コーチ・チームメイト・応援してくださる皆さまのおかげで

息子は本当の意味で走る喜びを知ることができました。

武蔵野学院で走らせていただき、たくさんの経験をさせていただいたことに感謝の気持ちでいっぱいです。

ありがとうございました!

令和2年10月1…良き♡

月を拝み、ススキとホワイトマムを花瓶にさし、団子を食べながらブログを書く。

なんと贅沢な十五夜。

令和二年中秋の名月はなんだか特別。

たくさんの〇〇とか、大勢の…とか、多くの人に…とか、その執着を捨てようと思った途端…

コロナ禍で止まっていた事が少しずつですが動きだしました

良き♡

令和二年十月もどうぞよろしくお願いいたします。

それで…?


それで…?


という言葉にどんどん整理されて行く。


土曜日の昼下り。


お慕いするお姉様でもあり、友人でもある


えっちゃん(仮名)に聞かれる…


最近どう?外食してるの?


う〜んあんまりかな


それで?ほとんど家でつくってんの? 


作ったり、デパ地下で買ったりかな〜 


デパ地下!いろいろ美味しいものあるよね〜え、それで?どんなん買うの?


寿司とか、でも家で作るほうが多いかも!実は最近圧力鍋にはまってて…


あれいいよね〜え、それで?何作るの?


カレーとか煮物とか、あ、この前は肉じゃが作ってん


こうして、どんどん膨らんでいく会話


えっちゃんのそれで?攻撃のおかげさまで(笑)


なるほど…こうして引き出すんだ。


知らず知らずのうちに…詳らかに。


使わせていただきます♡えっちゃんありがとう


それで?どこで、それで?を使うの(笑)


ん〜誰かと差しに座って呑んだ時(☆▽☆)

買い力と食い力

ちょっとカラダが重い、しんどいなと思ったら買い物して、肉を食べる。

最大の特効薬だと思う。

フォトアーティストのまりちゃんが、最近休みになったら家の掃除ばっかりしている私を連れ出してくれた。

まずは神戸元町の高架下に繰り出し、ショッピング。ワンピースとブラウスを激安で購入

まりちゃんは三宮の北野に住んでいるから庭。とにかくよく知っているのでお買い物ナビゲーターとよんでいる

その後予約をしてくれていた鯉川筋のステーキ屋さん『やまと』へ

最初は焼き肉と思ってくれていたみたいだけど、焼き肉は自分達で焼きながら食べるし、私は○○をしながら他のことができないため

焼きながら話すことができず、そうかと言って話していたら焼くことと食べることもできず、最後は肉が真っ黒くろすけという始末

だから、なにもしないでゆっくりとステーキをいただくコースを提案してくれた。

しずかに、ゆっくり食べたので本当に肉の体幹まで味わえた気がする。

おいしゅうございました。

あとはカフェでまりちゃんはブルーハワイといろいろ笑。私はココナッツをミルクで割った、名前忘れたカクテルっぽいのを。そのあとは上海ブルーを。

体が重たい時こそ買い物へ。 
体重を落としたい時こそステーキを。
パソコンとスマホと仲良しになりそうな時こそ
会っておしゃぺりを。

この秋は、

このように心がけることを心がけます😊

息子と私の中の鬼


令和2年9月10日。


私ごとですが、今就活&大学受験の息子達に振り回されています。


高校3年生の息子は保育科の大学に進むため猛勉強…はないです。でも、ピアノと論文、作文の勉強は必須。


たまに私の部屋に来て作文の勉強をしています。でも、そんなにつきっきりじゃなくても良いので


暇でしょうがない私は、彼がピアノのレッスンで弾いていた富士山をハーモニカと民族楽器で演奏して遊んでいると…


♬頭に角が生えてきて〜い〜つもか〜みなり落とされる〜母は日本一の鬼〜♬


と替え歌がはじまる。


そんな小論文…おちるでと言いながら、私は15年前の子育て時代をふりかえっていました。


今でこそ仲良しですが、彼らが小さい頃は本当によく叱り飛ばし、時には手を上げたことも。


二人とも何度か私の往復ビンタをくらっております。


一度ビンタで鼻血が止まらなくなったことがあり、その時はあやまりたおして耳鼻科に連れていきました。


ここは鬼の目に涙。


ごめんねと何度も謝ると、、泣いて抱きついてきます。私も泣けてきて泣きながら抱きしめました。


こんなこと…今なら通報されるかもしれませんね。


でもねひとつだけ、言えることは


いつも本気でした。感情たけで、叩いたことはありませんでした。


家庭は小さな社会。


小さな社会できちんとできないのなら大きな社会でもできない。


いやでもいずれは、大きな社会に送り出さなければいけない、


そんな気持ちでした。


1つだけ自分を褒めて良いと言われたら、相手は小さな子どもであっても、一人の人として向き合ったということ、、かな〜


と言いつつも、今ではすっかり立場が逆転して、言うことを忘れたり、うたた寝したり、息子に叱られています。


これぞ、、鬼も角を折る?


ちょっと良いように言い過ぎましたごめんなさい。


今日のブログ、、


どうでも良い私の子育て話に最後までおつきあいくださりありがとうございました

夏の終わりに…

感謝しかありません。

高野連、学校、クラブ、指導してくださった監督コーチ。

たくさんの大人の皆さんの力をいただき、都道府県の独自大会が開催された事。

高校の野球部に所属して野球を楽しめた事。

前代未聞のこの時代に、たまたまラストチャンスの学年に居合わせ、自粛期間中は『このまま引退かも』と腹をくくった高3球児たち。

こうして試合や野球ができるということに、喜びを感じることができたと白い歯をのぞかせた。

悔いは全くないと息子は言う。

今年は全国の高校球児、硬式野球部員も軟式野球部員、ほぼみんな同じ気持ちで夏の終わりをむかえたと思う。

引退が決まった次の日から次の進路にむけて動き出した。

坊主頭からのヘアスタイルも気になるらしい。

こうしてさっと気持ちを切り替えることができるのも今年の高3ならではないだろうか。

とにかく…もう次の人生がはじまった

チームメイトのお母さんがたくさん写真をとってくれました。

チームメイトの画像は勝手に掲載できないので我が子の画像ばかりになってしまいますが。

今年がラストの高校野球部員の野球人生の一コマをブログに綴りました。

ぜんぜんofficialな事ではないのですが。記憶と記録としてこの場をおかりしました。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

人生最後の作業

人生最後の作業…
裁縫は苦手!少年野球時代、中学、高校、息子たちの背番号縫いが正直イヤでイヤでたまらなかった。

ゆがんでた、上すぎた、下すぎた、など息子たちが毎回クレームを言うので、一度だけ次男が中学生の時に放棄したことがある。

当日の朝、背番号がついていない事に気がついた次男はあわてて自分でグダグダに縫っていった。

その時下手やと思っていた母のほうがやはり上手いと思ったのだそう。

それからピタっとクレームを言わなくなり、次からは縫いつける場所までセッティングしてお願いしますと頭を下げるようになった。

そんなこんなの9年、長男の少年野球時代をあわせると12年、、(言ってもそのうちのワンシーズンだけですけど^_^)最後の最後が一番美しく縫えた!

背番号を縫い終わった今、あれだけいやだったのに、こうしてしずかな夜に背番号を縫いつけることはもう二度とないのだと思うと…涙が止まらなくなった…

楽しい夏になりますように

令和2年8月1日…暑中お見舞い申し上げます!

いつもサイトのブログや他のページも見てくださり、本当にありがとうございます。

今年は例年とちがう夏なんて言われていますが、

いつものように太陽がサンサンと地球を照らしてくれています。

有り難いことですね。

7月31金曜日、サテスタDJタイムの休憩時間に見に行った

神戸市役所花時計跡の”神戸ミューラルアート”

https://kobe-mural.com/

迫力があり、感動しました。

次の放送時間もあったので市役所2号館まではたどりつけませんでした。

さあ8月!ポジティブにまいりましょうね

またまたどうぞよろしくお願いいたします

生き延びスイッチ変換

7月17日は誕生日のお祝いメッセージをいろいろな場所でたくさんの方からいただきました。

本当にありがとうございました❣️感謝の気持ちでいっぱいです。

実は元々長生き願望がないのですが、こうして皆さまからお祝いの言葉をいただくと、生きててよかったと思うのです。

誕生日当日、サテライトスタジオに入ったらラジオ関西のリスナーさんから花束がとどいていて。。

花束を抱えた瞬間泣きました。

たいへんな時世で投げ出したくなる出来事がたくさんあるけれど、やっぱり・・

仕事も命も長く続かせたい!とおもいました。

こんな気持ちにさせてくれたのはこうしてお祝いくださった皆さまのおかげです。

本当にありがとうございました❣️