ラジオ
さくらの街で
新年度スタート!学生ではないので4月が特別というわけではありませんが、一応一区切りのスタートと言う事で又一歩前進です。
初心にかえり丁寧に活動して参りますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
4/6.4/7地元兵庫県西宮市のラジオ局さくらFMに於いて市内桜の名所で桜情報の中継リポーターをさせていただきました。西宮市の花は桜!西宮のラジオ局もさくらFM!
さくら満開のこの街で暮らして丸28年。子どもの頃からいろいろな街を転々としてきた私の人生の中で一番長い居住地。ここまできたらもうふるさとだね。ありがとう西宮君♡ん?なぜ君?

UN運EN縁ON恩3つのNに支えられている奈津陽子(Natsu Yoko)
伝達から伝承へ 2026.3.11
東日本大震災から15年。
今年も宮城県気仙沼市杉ノ下地区の慰霊碑に献花をさせていただいた。
はじめて気仙沼を訪れたのは2015年11月。
当時、気仙沼の新聞社三陸新報の記者をされていた玉谷誠一さんにご案内いただき短い行程の中、瓦礫や津波到達の跡が残る被災地を巡らせていただいた。
生々しい状況を目の当たりにし言葉を失い続けた。
そして、最後に案内していただいた場所が
93名の方々が眠る杉ノ下地区の慰霊碑だった..なんとも言えない悲しみが溢れた。
以前にも書いたがこの杉ノ下地区では震災前、毎年津波の避難訓練をしていたという。
2011年3月11日地震が起こり、その後津波がやって来ることはこの地区の皆さんにとって想定内のことだった。
避難訓練で周知していた避難指定場所に行けば大丈夫だ!そんな言葉が飛び交った。
大丈夫!誰もが疑わなかった。
避難指定場所は標高11メートルの高台、しかしそこに押し寄せたのは高さ18メートルの津波。
安全だと思っていた場所、安全な場所と信じて疑わなかった場所で、、、
あの日から15年、15年という歳月は街の様子と人の心も変えた。
情報も多くなりその選択肢もふえた。
だからこそ言葉を掛け合うことが大切なのだという場面が多くなったと
感じているのは私だけではないはず。
はじめに言葉ありき
正しく伝言
しっかり伝達
そして命の伝承へ 祈

地震直後から現在、慰霊碑の場所は変わっています。
桜とさくらのエトセトラっ《日記》
令和6年4月7(日)
芦屋さくらまつり。当日はさくらFMの現地リポーターをつとめさせていただいた。
ディレクターにいろいろご指導いただきながら、
また特設スタジオではメインパーソナリティー松本真規子ちゃんが受けてくださったおかげ様で、大きなトラブルもなくお伝えすることができた。
芦屋市のさくら祭りはいろいろなコロナ禍Ismを払拭してくれたお祭りだと思った。若い力とベテラン力がタッグを組み構成された活力満開のイベントだったから。
そんな芦屋の街は私にとって、初めてのリポート現場。でもどことなく懐かしさも感じ、楽しい時間をいただいた。ここからは画像で!
桜とさくらがくれたエネルギーに感謝
♡ありがとう芦屋の桜たち♡
♡ありがとうさくらFM♡
♡ありがとうさくらFMリスナーさん♡





